一本列島

本州と九州の間は1942年の関門鉄道トンネル開通以降、関門国道トンネル・関門橋・新関門トンネルが次々貫通して一体化が進みつつあったが、北海道・四国との間は戦後も長らく陸上交通では結ばれておらず、日本国有鉄道の運営していた青函連絡船・宇高連絡船・仁堀連絡船、更に民間航路で連絡するという時代が長く続いていた。 それでも戦前から橋ないしはトンネルによって日本列島4島を結ぼうという構想はあり、1954年の洞爺丸事故や1955年の紫雲丸事故を受けて青函トンネルと瀬戸大橋の建設が決定、前者は1961年に、後者は1978年に着工された。